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生きてるといろんな壁にあたる事が多いと思います。
壁への対処法っていくつかあると思うんですよ。 「乗り越える」っていうのはスマートな感じですよね。 本人にとって一番いいんじゃないでしょうか。 「壊す」といのもありますね。 無理やり突破するイメージです。これは手っ取り早いと思いますが、 やり方がガサツで怪我しそうですよね。 でも傍から見てると一番面白いと思います。 「留まる」これは思考停止ですね。捉え方によっては死ですね。 壁があまりにも大きいとこの選択肢に引っ張られて死んでしまう方も 少なからずいるんじゃないでしょうか。今の世の中。 「壁をよけて進む」これ希望的観測です。でもグッときますね。 逃げるのとは違いますよ。 逃げるっていうのは壁を背にして走り出すような事です。 抜け道を探すような感じです。いろんなタイプの壁があるので、 いろんな抜け道があると思うんですよ。でも容易ではないですよね。 どんなに高い壁でも命や良心に縋った場合、乗り越えるっていうのが一番楽だったりするものです。 抜け道探しっていうのは「まっとうにやらない覚悟」が要りますからね。 当然総合的に判断すると葛藤がありますよね。 そもそもまっとうって何だよ。とかね。 物事を相互の関係で考えるとき、 まじめにやっている人間や悪意のない人間が馬鹿を見ないのが私の正義です。 相互というのは私対多、と言うだけではありません。 家族対私、会社対会社、もっと細かいと彼女対彼女の親とかね。 何らかのアクションによって不条理な痛みが生まれない事が正義で、まっとうです。 でも、組織に属するとそんなものはくそくらえになりますよね。 ただ組織が無ければ社会は成立しませんよね。 私は組織不適合者のようですが、社会には適合したいと思っています。 孤立で開き直る事は私の一人負けですからね。正義ではありません。 考えることは嫌いじゃないんですが、難しい問題ですねぇ・・・。 「組織」という壁の攻略。 少し前に姉とのメールで、 最悪一人でもやれる。って送ったら 『家族に心配かけなければいいんじゃん。』て返信されたんですよね。 釘を刺された気分です。 中学時代に人間のクズをやっていた私にとっては「家族に心配」は 心をえぐるような言葉です。 でも今も直ぐに「お前ら馬鹿だろ。やってらんねぇよ。」って 他人や組織に見限りをつけてしまうところは、反抗期から抜けきってないのかもしれませんねぇ。 まぁ吐き気をもよおす邪悪には吐いても利用されたくないと思いますが、難しいですね。 人生素直に歩けないものですな。 話関係ありませんが、RIVERから大島推しだったんですが、 前田敦子にやたら惹かれます。やっぱ彼女なにか持ってますね。 10年後が楽しみです。 私は人間やってるか分かりませんけどね。 |
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グラフィックで魅せる表現力と文章で魅せる表現力。
なかなか重ならないものです。 翌々考えるとクリエイティブとライティングは性質の異なるものなので 片方の能力にリンクしないのは不思議な事ではありません。 ただ、以前勤めていた会社では差が顕著でした。 その会社は大きく分けるとサポート、管理、クリエイティブ、運営で部署が 区切られていました。 そして全スタッフが持ち回りでブログの更新をしています。 運営は流石、定期的にメルマガを発行したり商品ページやキャッチコピーの ライティングをしているだけあって文字(&絵文字)と色、サイズ、改行だけで 魅せてくれます。 総じて表現力が高い。 運営とサポートは平均すると中の上くらいでしょうか。 それぞれ社内スタッフ、ユーザーとのコミュニケーションが密になるため 文章での表現力もある程度長けているようです。 ただ、当初不思議に思ったのがクリエイティブスタッフの記事。 表現力がグンと落ちます。 魅せる文章、というか報告という感じですかねぇ。 クリエイティブなセンス、能力がひとより長けていても 文章の表現力はなかなか追い付いてこないという事です。 画家と小説家は当然別物ですが、“距離が遠い”という印象。 一般的に、まぁそんなもん、とされているような事かもしれませんが 個人的に無視できない要素だったので書いときます。 一般の方でも面白い文章を書く方はけっこういますからねぇ... まぁちょっっと悔しいわけです(/ω\*) |
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4か月あけてこっそりブログ更新・・・。(大丈夫か、文章力
ツイッターの140字で以外と事足りてしまうと感じましたが、 あの場ではあまり本性を出してません。 で、久しぶりの更新がAKBという事はそれだけ彼女たちが目立ったんだね、 ここ数カ月。そして軽くハマったんだね自分 ( ´・ω・`) AKB48部のみなさんは最前線の営業部隊で、当然目立つ分批判にさらされるわけですよね。 彼女たちの行動指針はAKB48部署内で決められているわけではない筈です。 会社サイド、運営側によってコントロールされているのが一般的ですよね。 会社の方針に基づいて動いているのは彼女たち営業部隊ですが、 方針を決めているのは会社サイドです、そしてその方針の批判の矛先は圧倒的に 最前線の営業部隊、AKB48部のみなさんに向けられます。 (↑回りくどい言い方ですが、あっちゃんとかたかみなとかAKBメンバーの事です) これは一般企業でもよくある事です。 当然会社の方針というのはメリットもデメリットもあり、批判があろうと信念を押し通し 営業姿勢を貫ける社員もいると思います。 ただ、AKBの場合はメディア露出が半端じゃない為に批判も大々的になります。 当然メンバーの耳にははいりますし、批判をするアンチやファン以上に 彼女たちは内部の事を知っています。 何が言いたいかというと、 自分なら(株)AKSを辞めるな。でもAKB48部のメンバーは激務にもかかわらず走ってるな。 あ、一行で終わったね・・・。 察しがいい人には一行ですが、性格なのでくどく行きます。 100%クリーンなWIN−WINというのはかなり難しいと思うんですよ。 例えばAKBのビジネスモデルを批判するのは簡単ですが、これが無かった場合、 生まれなかったモノも非常に多いと思います。 批判も多い方針ですが、その分叶った事も多い筈です。 これはAKBメンバーにとってもファンにとっても、もっと言えば各メーカーや広告代理店にとっても、 プロモーションに携わったクリエーターやスタッフにとってもです。 闇あっての光。この事は外部の人間よりも内部の人間(ここではメンバー)の方がより深く理解しています。 闇に耐えられず、辞める。これは簡単な事です。ただ、 会社にもよると思いますが、それは同時に簡単に光も消失させるという事です。 AKB48の場合はそれが顕著です。 もう一度言いますが、メンバーは光と闇を理解したうえで、会社と世間に挟まれて激務をこなしています。 全く葛藤が無い筈がありません。 それでも走り続けることで自分にとって叶うもの、ファンにとって叶うものが闇より優先されるから AKB48に在籍し続けるんじゃないでしょうか。 別に誰が何を批判しようと自由だと思います。 が、その判断は対象の全体像を自分なりに見極めた上になされるものであるべきだと思います。 部分的な批判は簡単。人の粗は目につきやすいものです。 現状これほどの影響を与えているAKB48を批判するという事は、その光まで本来は 無くていいものと断ずる事になります。 実力があるのであれば、クリーンなやり方で光を生める。と主張するのであれば AKBを支持しなければいいだけの話です。 どんなプロモーションであれ、最終的な判断は個人に委ねられるのですから。 「理解したうえでそこに居る」というのは強さだと思うわけです。 自身の性格もありますが、図太さよりは強さの要素が強いと思います。 分かりやすい闇だけを批判されている方は、加えて 彼女たちの仕事内容、心情(憶測になりますが)、生みだす光の部分まで 判断材料としてはどうでしょうか。 批判の矛先が(株)AKSに移り、AKB48は支持する。なんて事になるかもしれません。 ただ、当たり前ですが、何かを支持することは自由で自発的なものだと思います。 今のAKB48が生みだしているもの、与えてきたものは大部分が 個人の自由に委ねられた結果である事は間違いない筈です。 |
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正直なところ受け入れられる事ではないよな。
社会貢献して対価を得られない人間は死んでも止む無しみたいなことに なってるんじゃないのこの国は。 だから毎日数十人ずつ人生終わらせるような状態が続いてるんだろ。 それを部分的に税金で保護とか、しかも無能の中国人とか。 資本主義より理不尽に思えるわ。 同情やきれいごとで金を動かしていたらきりがないだろ。 というかそれだけで賄ってはいけないから 今のしかるべき格差があるんじゃないのか。 でも人間の脳は一つの宇宙だからねぇ。 同一の思想で統率をとるなんて人類には不可能。 あちらこちらで、ああするべき、こうするべきという主張だけが響く中、 今日も明日も明後日も、数十人数百人と人生を途中で終わらせていくんだよ。 もっと多くの真実と経験を持って、もっと落ち着いたこころで この国を俯瞰視できたなら、もっと楽しめるんだろうな。 日本というカオスを。 |
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ジブリ作品にタレントやらアイドルやら、
素人がメイン所の声優を務めることに何の意味がある。 これは否定していいと思う。 二次元には二次元の価値がある。 フィクションにはフィクションの世界がある。 水を差すなといいたい。 声のみで演じることに本気になってる人、そしてプロの声優、 この理不尽は否定していい。 |
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なぜそうしない?
結局きれいごとを言っても勝ちたいんだろ? 優位に立ち、他と差を付けたいという欲求が根底にあるんだろ? 愚痴まがいなことを思いちょっと弱気になる。 しかし地球ベースで考える。 たとえば昆虫と人間では何が違うのか。 同じ生物である昆虫が食物連鎖の過程で消える事に疑問を持つか? 食った動物に自由や平等、権利を説くか? 昆虫の生命活動に与えられた材料は「自然」というシンプルだが スケールの大きすぎる環境で昆虫一匹食われたくらいじゃニュースにならない。 自然という環境の中で無数の生物が生きるためには日が沈むのと変わらない どうってことない事だ。 では人間が生きる上で置かれている「環境」はなにか。 見失っているだけかもしれないが「自然」は大きな要素ではない。 幻想的で価値があいまいな、それでも替わるものが無い「通貨」、 そして「資本主義」、「自由競争」この枠組みの中にいるだろう。 人間が飢えを満たしたいが為、オリジナルの知恵をつかって構築した「環境」が この状態なんだろ。 現状をみるととんでもなく貪欲じゃねぇか。 (結果をみると素晴らしいものがたくさんあるよね) 人間がそのオリジナル(知恵)を駆使してこれほどまでに貪欲に構築された環境で、 人間同士の均一が成されるわけがないだろう。 様々な捉われ方があるかもしれないが、均一を押しつけると文明の発展にブレーキがかかり 満たされない欲求や、モチベーションの消失が生まれるんだよ。 多様性も失われる。 お魚さんたちに小さい魚たちも生きたがってるから、大きなお魚さんたちはちょっと 控えましょうね。 なんつーことは通用しないだろ?「海」という環境では。 海中でマグロが小魚を食うことに何の咎があるんだよ。 人間社会も同じようなもんだろ。 現在の環境で格差が生まれるなんて日が沈むのと同じくらいスムーズで自然な現象だろ。 同じ人間があれこれ問題提起してもなかなか現状が変化しないのは、 そういった奴らにもこの環境を生んだ人間の貪欲さが多く残ってるからだろ。 下を憐れみながら自身の優位が揺らぐことに怯えている。 本気で格差を危惧し、資本家の搾取に疑問を抱くなら 阿久根市長位の正義を見せてみろよ。 人間は幅の広い生き物なんだから、その気になれば彼くらいのアクションは 起こせるだろ。 資本に塗り固められたおっさん達が、周囲の顔色をうかがいながら 消費税がどうとか雇用がどうとかほざいててもさむいんだよ。 心底そう思わせてくれた竹原市長、激アツだよ。 |
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